酔古堂剣掃 / 集醒・艱難の處は貪戀の處より見はる
世人破綻處,多從周旋處見;指摘處,多從愛護處見;艱難處,多從貪戀處見。
新字:世人破綻処,多従周旋処見;指摘処,多従愛護処見;艱難処,多従貪恋処見。
書き下し
世人の破綻の處は、多く周旋の處より見はる。指摘の處は、多く愛護の處より見はる。艱難の處は、多く貪戀の處より見はる。
現代語訳
世の人のほころびは、多くは人付き合いに立ち回るところから現れます。人から指摘を受けるところは、多くは自分がかばい大事にしているところから現れます。苦しみや困難は、多くは欲しがり執着するところから現れます。
解説
人のつまずきがどこから生じるかを、三つの句で指摘した一則です。周旋は人の間を取り持って立ち回ること、愛護はかわいがりかばうこと、貪恋は欲しがって執着することです。あちこちに気を配って立ち回るほど、言行の食い違いが生じ、ほころびが出やすくなります。自分が大事にしてかばっているものほど、甘くなって人から非難される隙が生まれます。そして手放せないものへの執着が、苦しみの源になります。どれも自分では気づきにくいところです。うまく立ち回っているつもりの場面、身内や自分の案をかばっている場面、何かを手放せずにいる場面こそ、自分を省みるべき場所だと教えてくれます。
この章句が説くこと
自省執着処世交友修身
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