酔古堂剣掃 / 集峭・蒼蠅の驥に附く
蒼蠅附驥,捷則捷矣,難辭處後之羞;蘿蔦依松,高則高矣,未免仰攀之恥。所以君子寧以風霜自挾,毋為魚鳥親人。
新字:蒼蠅附驥,捷則捷矣,難辞処後之羞;蘿蔦依松,高則高矣,未免仰攀之恥。所以君子寧以風霜自挟,毋為魚鳥親人。
書き下し
蒼蠅の驥に附くは、捷きは則ち捷きも、後に處るの羞を辭し難く;蘿蔦の松に依るは、高きは則ち高きも、仰ぎ攀づるの恥を免れず。所以に君子は寧ろ風霜を以て自ら挾むとも、魚鳥の人に親しむと為る毋かれ。
現代語訳
青蠅が駿馬の尾にとまれば、速いことは速いけれども、人の後ろにつき従う恥は免れがたく、つたやかずらが松に寄りかかれば、高いことは高いけれども、人を仰いでよじ登る恥は免れません。だから君子は、むしろ風や霜の厳しさを自分の身にまとってでも、人に飼い慣らされた魚や鳥のように人に媚びて親しむことはしないのです。
解説
他人の力に寄りかかって出世することの恥を説いた一則です。蒼蠅附驥は、ハエが名馬の尾にとまって千里を行くという古い言い回しで、自力でなく他人の力で名を上げることのたとえです。蘿蔦はつる草で、松に絡みついて高く登ります。どちらも結果として速く高くはなっても、人の後ろにつき、人を仰いでよじ登る卑しさはぬぐえません。そこで君子は、風霜、すなわち厳しい境遇に身を置いてでも自立を守り、餌付けされた魚や鳥のように権力者に媚びることはしないと言います。有力な人とのつながりは大切ですが、それだけに頼ると自分の足で立てなくなります。自力で立つ誇りを持ちたいものです。
この章句が説くこと
自立気骨処世媚び節操
関連する章句
-
『酔古堂剣掃』集靈・裾を曳くは自ら屈す刺を投ずるは空しく勞す、原より生計に非ず。裾を曳くは自ら屈す、豈に是れ交游ならんや。
-
『酔古堂剣掃』集豪・終に老驥を忘れず飛禽は翮を鎩がるるも、猶ほ羽毛を愛惜す。志士は生を捐つるも、終に老驥を忘れず。
-
『酔古堂剣掃』集豪・驥は櫪に伏すと雖も驥は櫪に伏すと雖も、足は能く千里。 鵠は即ひ翅を垂るるも、志は九霄に在り。
-
『酔古堂剣掃』集豪・風霜の色を挾む虹霓の氣を吐く者は、風霜の色を挾むを貴び、 日月の光に依る者は、雨露の私を懷く毋かれ。
-
『酔古堂剣掃』集倩・蓮は汙泥より出づ高士豈に盡く染まること無からんや、蓮は君子為るも、亦た自ら汙泥より出づ。 丈夫は但だ操持を論ず、竹は正人と作るも、何ぞ犯すに霜雪を以てするを妨げん。
-
『酔古堂剣掃』集峭・厚顏の君子と作らず詩を吟ずるは學を講ずるに劣り、座を罵るは足恭より惡し。兩つながら之を揆れば、寧ろ薄行の狂夫と為るとも、厚顏の君子と作らず。