酔古堂剣掃 / 集豪・風霜の色を挾む
吐虹霓之氣者,貴挾風霜之色;依日月之光者,毋懷雨露之私。
新字:吐虹霓之気者,貴挟風霜之色;依日月之光者,毋懐雨露之私。
書き下し
虹霓の氣を吐く者は、風霜の色を挾むを貴び、 日月の光に依る者は、雨露の私を懷く毋かれ。
現代語訳
虹を吐くような大きな気概を持つ者は、風や霜のような厳しい気色を併せ持つことが大切です。日や月の光に頼る者は、雨や露の恵みを自分だけに求める私心を抱いてはなりません。
解説
大志を抱く者と、上に仕える者とが、それぞれ守るべき心得を説いた一則です。前の句の虹霓の気は、空にかかる虹のように壮大な気概のことです。そうした志を持つ者は、同時に風霜の色、すなわち厳しく引き締まった節操を備えていなければならないと言います。気宇壮大なだけでは、ただの大言壮語に終わるからです。後の句の日月の光は、君主の威光や上の人の庇護を指し、雨露はその恵みを指します。上に仕える者は、その恵みを自分だけのものにしようとする私心を持ってはならないと戒めます。大きな志には厳しさを、上からの恩恵には公正さを。組織で働く人にとっても、身につまされる言葉です。
この章句が説くこと
気概節操公正処世私心
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