酔古堂剣掃 / 集峭・豫章は之を水中に擲つ
一紙八行,不遇寒溫之句;魚腹雁足,空有往來之煩。是以嵇康不作,嚴光口傳,豫章擲之水中,陳秦挂之壁上。
新字:一紙八行,不遇寒温之句;魚腹雁足,空有往来之煩。是以嵇康不作,厳光口伝,予章擲之水中,陳秦挂之壁上。
書き下し
一紙八行、寒溫の句に遇はず;魚腹雁足、空しく往來の煩ひ有り。是を以て嵇康は作らず、嚴光は口もて傳へ、豫章は之を水中に擲ち、陳秦は之を壁上に挂く。
現代語訳
八行の便箋一枚の手紙を開いても、時候の挨拶の句すら見当たらず、魚の腹や雁の足に託す手紙は、ただ行き来の煩わしさがあるばかりです。だから嵇康(晋の竹林の七賢の一人)は手紙を書かず、厳光(後漢の隠者)は口伝えで返事をし、豫章の太守(晋の殷羨)は託された手紙を水中に投げ込み、陳秦は届いた手紙を壁に掛けたままにしたのです。
解説
中身のない形式的な手紙の煩わしさを、四人の故事を並べて皮肉った一則です。八行は一枚八行の便箋、寒溫は時候の挨拶です。魚腹と雁足は、鯉の腹から手紙が出たと詠む古詩や、漢の蘇武が雁の足に手紙を結んだ話から、手紙の雅称となりました。嵇康は友人への絶交書で、手紙を書くのが苦手で嫌いだと述べています。厳光は、旧友の高官から届いた手紙に自ら筆を執らず、口で言って書き取らせたと伝えられます。豫章太守の殷羨は、託された百通余りの手紙を川に投げ込み、「沈むものは沈め、浮くものは浮け」と言ったと『世説新語』に見えます。やり取りの数より、一通の中身を大切にしたいものです。
この章句が説くこと
手紙形式故事嵇康交友
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