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武士道 / 原序・心に書かれたる律法を信ず

予が同情を表する能はざるものは、即ち基督の教訓の光明を翳遮する傳道の形式なり。予は心に書かれたる律法を信じ、又た基督の教にして、新約全書を通じで吾人に傳へられたる宗教を信ず。而も亦た神は、異邦人たると、猶太人たると、基督教徒たると異教徒たるとを問はず、凡ての衆生に與ふるに、稱して舊と名くべき約書を以てしたるものなるを信ず。予の神學說は此れを云ふを以て足れり、更に論じて世の倦厭を招くを要せず。明治三十二年十二月費府郊外マルヴアーン村居にて新渡戶稻造識

新字:予が同情を表する能はざるものは、即ち基督の教訓の光明を翳遮する伝道の形式なり。予は心に書かれたる律法を信じ、又た基督の教にして、新約全書を通じで吾人に伝へられたる宗教を信ず。而も亦た神は、異邦人たると、猶太人たると、基督教徒たると異教徒たるとを問はず、凡ての衆生に与ふるに、称して旧と名くべき約書を以てしたるものなるを信ず。予の神学説は此れを云ふを以て足れり、更に論じて世の倦厭を招くを要せず。明治三十二年十二月費府郊外マルヴアーン村居にて新渡戸稲造識

書き下し

予が同情を表する能はざるものは、即ち基督の教訓の光明を翳遮する伝道の形式なり。予は心に書かれたる律法を信じ、又た基督の教にして、新約全書を通じて吾人に伝へられたる宗教を信ず。而も亦た神は、異邦人たると、猶太人たると、基督教徒たると異教徒たるとを問はず、凡ての衆生に与ふるに、称して旧と名くべき約書を以てしたるものなるを信ず。予の神学説は此れを云ふを以て足れり、更に論じて世の倦厭を招くを要せず。明治三十二年十二月、費府郊外マルヴァーン村居にて、新渡戸稲造識。

現代語訳

私が共感できないのは、キリストの教えの光を覆い隠してしまう伝道の形式です。私は心に書かれた律法を信じ、またキリストの教えとして、新約聖書を通じて私たちに伝えられた宗教を信じます。しかしまた神は、異邦人であれユダヤ人であれ、キリスト教徒であれ異教徒であれ、すべての人に対して、旧約と呼ぶべき約束を与えられたものだと信じます。私の神学の説はこれを言うだけで十分で、これ以上論じて世の人を退屈させる必要はありません。明治三十二年十二月、フィラデルフィア郊外マルヴァーン村の住まいにて。新渡戸稲造。

解説

キリスト者である新渡戸が、自分の信仰の立場を短く述べた箇所です。共感できないのは伝道の形式であって教えではない、という区別を立てています。そして重要なのは後半で、神は異教徒にも旧約に当たる約束を与えたと信じる、と言う。つまりキリスト教以外の道徳にも神の働きを認めるという立場で、これがあってはじめて武士道を徳育の源として正面から書けたわけです。師導の『後世への最大遺物』の内村鑑三も同時代の同じ問題に取り組んでいます。

この章句が説くこと

信仰形式寛容律法立場

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