酔古堂剣掃 / 集峭・雁塔に登りて遠く𥆮む
西山霽雪,東嶽含煙;駕鳳橋以高飛,登雁塔而遠𥆮。
書き下し
西山は雪霽れ、東嶽は煙を含む;鳳橋に駕して以て高く飛び、雁塔に登りて遠く𥆮む。
現代語訳
西の山は雪がやんで晴れわたり、東の山は霞を含んでいます。鳳凰の橋に乗って高く飛び、雁塔に登って遠くを眺めます。
解説
雪晴れの山と霞む山を眺め、高みに登って遠望する爽快さを描いた四六の対句です。西山と東嶽は、東西の山々を対にした言い方で、東嶽は泰山を指すこともあります。雁塔は長安の慈恩寺の大雁塔を思わせ、唐代には科挙の進士に合格した者がこの塔に名を記す「雁塔題名」が名誉とされました。鳳橋は鳳凰にちなむ橋で、高く飛ぶことを印象づける言葉です。高く飛び遠くを眺めるというのは、志を遂げて広い視野を得ることの象徴でもあります。集峭に収められたのは、峻厳な山の景と高い志が重なるからでしょう。ときには高いところに登って遠くを眺め、視野を広げる時間を持ちたいものです。
この章句が説くこと
遠望志山水雁塔風雅
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