酔古堂剣掃 / 集峭・鳥來りて人を窺ふ
竹外窺鶯,樹外窺水,峰外窺雲,難道我有意無意;鳥來窺人,月來窺酒,雪來窺書,卻看他有情無情。
新字:竹外窺鶯,樹外窺水,峰外窺雲,難道我有意無意;鳥来窺人,月来窺酒,雪来窺書,却看他有情無情。
書き下し
竹外に鶯を窺ひ、樹外に水を窺ひ、峰外に雲を窺ふ、難道我に意有りや意無きや;鳥來りて人を窺ひ、月來りて酒を窺ひ、雪來りて書を窺ふ、卻て看る他に情有りや情無きやを。
現代語訳
竹の向こうに鶯をのぞき、木の向こうに水をのぞき、峰の向こうに雲をのぞきます。それが私にその気があってのことか、何の気もないことか、どうして言えましょう。鳥がやって来て人をのぞき、月がやって来て酒をのぞき、雪がやって来て書物をのぞきます。かえって、あちらに情があるのか無いのかを見てみたいものです。
解説
人が自然をのぞき、自然が人をのぞくという、見る者と見られる者の入れ替わりを楽しんだ一則です。窺は、そっとのぞき見ることです。前半では、私が竹や木や峰の向こうの鶯・水・雲をのぞくのは、意図があるのかないのか自分でも分からない、ふとした心の動きだと言います。後半では逆に、鳥や月や雪のほうが人や酒や書物をのぞきに来ると見立て、自然の側に心があるのかと問い返します。難道は、どうして〜と言えようか、という反語の口語表現です。人と自然が互いに見つめ合うような、主客のとけ合った境地がここにあります。窓辺に来た鳥や月を、自分を訪ねてきた客のように迎える心の余裕を持ちたいものです。
この章句が説くこと
自然閑適風雅主客情趣
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