酔古堂剣掃 / 集靈・闒茸は寬大と謂ふべからず
簡傲不可謂高,諂諛不可謂謙,刻薄不可謂嚴明,闒茸不可謂寬大。
新字:簡傲不可謂高,諂諛不可謂謙,刻薄不可謂厳明,闒茸不可謂寛大。
書き下し
簡傲は高と謂ふべからず、諂諛は謙と謂ふべからず、刻薄は嚴明と謂ふべからず、闒茸は寬大と謂ふべからず。
現代語訳
人を見下して横柄なのを高潔と言ってはならず、へつらいを謙虚と言ってはならず、冷酷で薄情なのを厳正と言ってはならず、だらしなく無気力なのを寛大と言ってはなりません。
解説
美徳とよく似た悪徳を、四つ並べて見分けさせる一則です。簡傲は礼を欠いて傲慢なこと、諂諛はこびへつらうこと、刻薄は思いやりがなく冷たいこと、闒茸は無能でだらしないことです。高潔と横柄、謙虚と追従、厳正と冷酷、寛大と怠慢は、外から見ると紛らわしく、本人も思い違いをしがちです。孟子には、孔子が似て非なるものを憎んだという話があります。自分では厳しさのつもりが冷たさになっていないか、寛容のつもりが放任になっていないか、と振り返ることは、人の上に立つ人にとってとくに大切な点検になります。
この章句が説くこと
修身謙虚寛容人格自省
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