酔古堂剣掃 / 集峭・醉ひて青眼に逢ふ
閒到白頭真是拙,醉逢青眼不知狂。
新字:閒到白頭真是拙,酔逢青眼不知狂。
書き下し
閒にして白頭に到るは眞に是れ拙なり、醉ひて青眼に逢へば狂を知らず。
現代語訳
何もせず暇なまま白髪頭になってしまったのは、まことに世渡り下手というものです。けれども酔って自分を認めてくれる人に出会えば、自分が狂っていることさえ忘れてしまいます。
解説
世に用いられずに老いた者の自嘲と、知己に出会った喜びを対にした七言の対句です。拙は世渡りの下手なこと、白頭は白髪頭です。青眼は、晋の阮籍が気に入った人には黒目で見つめ、俗人には白目で応じたという故事から、好意をもって迎える眼差しを言います。前半では職にも就かず老いた身を「拙」と笑い、後半では酒の席で自分を分かってくれる人に出会えば、狂人と言われる振る舞いも気にならなくなると言います。世間の評価より、ひとりの理解者のほうが人を生かすことがあります。自分を青眼で見てくれる人を、大切にしたいものです。
この章句が説くこと
知己青眼自嘲処世酒
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