酔古堂剣掃 / 集情・情を託すること魯殿に窮まる
西蜀豪家,託情窮於魯殿;東臺甲館,流詠止于洞蕭。
新字:西蜀豪家,託情窮於魯殿;東台甲館,流詠止于洞蕭。
書き下し
西蜀の豪家は、情を託すること魯殿に窮まり;東臺の甲館は、詠を流すこと洞蕭に止まる。
現代語訳
西蜀の豪家では、思いを託す作品といえば魯の霊光殿の賦で尽きてしまい、東宮の立派な館では、口ずさむ詩といえば洞簫の賦にとどまっていました。
解説
これも『玉台新詠』の序の一節で、恋の詩を集める前の宮中文学の乏しさを述べた対句です。魯殿は後漢の王延寿の『魯霊光殿賦』、洞蕭(洞簫)は前漢の王褒の『洞簫賦』を指すと読まれます。王褒は蜀の人で、太子(のちの元帝)がこの賦を好み、後宮の人々に誦ませたと『漢書』に見えます。どれほど豪勢な家や宮殿でも、心を託す作品が限られていれば、情は行き場を失います。徐陵はこの欠けを埋めるために恋の詩を集めたのでした。今の職場や家庭でも、思いを言葉にする手立てが乏しいと感じたら、自分で良い言葉を集めて手渡すことができます。
この章句が説くこと
詩文恋情洞簫風雅編纂
関連する章句
-
『酔古堂剣掃』集情・楚王の宮裏其の細腰を推す楚王の宮裏、其の細腰を推さざる無く、魏國の佳人、俱に言ふ其の纖手を訝ると。
-
『酔古堂剣掃』集情・琉璃の硯匣琉璃の硯匣は、終日身に隨ひ;翡翠の筆牀は、時として手を離るる無し。
-
『酔古堂剣掃』集情・玉樹は珊瑚を以て枝と作す玉樹は珊瑚を以て枝と作し、珠簾は玳瑁を以て柙と爲す。
-
『酔古堂剣掃』集情・空しく蜀女の祠に題す愁ひを填むれども吳娃の井を滿たさず、紙を剪りて空しく蜀女の祠に題す。
-
『酔古堂剣掃』集情・當に情の爲に死すべし語に云ふ、當に情の爲に死すべく、當に情の爲に怨むべからず、と。情に明らかなる者は、原より死すべくして怨むべからざる者なり。 然りと雖も、既に情と雲(云)ふ、此の身已に情の有と爲る、又何ぞ死するに忍びんや。然れども死せざれば終に透徹せざるのみ。 韓翃の柳、崔護の花、漢宮の流葉、蜀女の飄梧は、後世有情の人をして咨嗟想慕せしめ、之を語言に托し、之を歌詠に寄す。 而るに奴に昆崙無く、客に黃衫無く、知己に押衙無く、同志に虞侯無ければ、則ち盟は海棠に在りと雖も、終に是れ陌路の蕭郎のみ。 湯若士言へる有り、「理の必ず無き所、安んぞ情の或いは有る所に非ざるを知らんや」と。 又云ふ、「生生死死は情の爲なり、多情の極みは、生きんと欲して得ず、死せんと欲して得ず。以て生きて死すべく、以て死して生くべし。如し竟に青娥を拋卻して、厭厭として一死せば、亦た情の至れる者に非ず」と。 集情第二。
-
『酔古堂剣掃』集情・然諾を重んずること丘山の如し桃葉に情を題し、柳絲に恨みを牽く。胡ぞ天なる胡ぞ帝なる、登徒於焉に目を怡ばしめ、雲と為り雨と為る、宋玉因りて心を蕩かす。泉刀を輕んずること土壤の若く、居然として翠袖の朱家、然諾を重んずること丘山の如く、紅籹の季布に添(忝)ぢず。