酔古堂剣掃 / 集情・惟だに芍藥の花のみに非ず
清文滿篋,非惟芍藥之花;新製連篇,寧止葡萄之樹?
新字:清文満篋,非惟芍薬之花;新製連篇,寧止葡萄之樹?
書き下し
清文は篋に滿ち、惟だに芍藥の花のみに非ず;新製は篇を連ね、寧ぞ葡萄の樹に止まらんや。
現代語訳
清らかな文章は文箱にあふれるほどで、芍薬の花を詠んだものばかりではありません。新しく作った詩は幾篇も連なり、どうして葡萄の樹を詠んだものだけにとどまりましょうか。
解説
前の則に続き、『玉台新詠』の序で才女の多作ぶりを讃えた対句です。篋は文箱、新製は新しく作った作品のことです。芍薬は『詩経』で男女が別れ際に贈り合う花として詠まれ、恋の詩の題材を代表します。葡萄の樹もまた詩の題材の一つで、どちらか一つの題に偏らず、幅広く詠んだことを言っています。「惟だに〜のみに非ず」「寧ぞ〜に止まらんや」と、打ち消しと反語を重ねて作品の多さを強めています。一つの得意分野に安住せず、題材を広げていくことが書き手を育てます。仕事でも、慣れた型の外に一歩出る試みを続けたいものです。
この章句が説くこと
才女詩文多作風雅学問
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