酔古堂剣掃 / 集情・人各〻心有り
芳草歸遲,青驄別易,多情成戀,薄命何嗟;要亦人各有心,非關女德善怨。
新字:芳草帰遅,青驄別易,多情成恋,薄命何嗟;要亦人各有心,非関女徳善怨。
書き下し
芳草に歸ること遲く、青驄に別るること易し、多情は戀を成す、薄命何ぞ嗟かん。要するに亦た人各〻心有り、女德の善く怨むに關はるに非ず。
現代語訳
香しい草の萌える春になっても、あの人はなかなか帰ってこず、青毛の馬に乗って去っていくのはいとも簡単です。情が深いから恋い慕うのであって、薄幸の身をどうして嘆くことがありましょう。結局のところ、人それぞれに心があるのであって、女性の性分が恨みがましいからではないのです。
解説
恋に悩む女性の側に立って、その心を弁護した一則です。芳草に歸ること遲しは、楚辞の、王孫遊びて歸らず、春草生じて萋萋たり、という句を踏まえ、旅立った人が帰らないことをいいます。青驄は青白い毛色の名馬で、男性が乗って去っていく姿です。多情は情が深いこと、薄命は不幸せな運命です。女性はよく恨むものだという世間の決めつけに対して、それは性分ではなく、それぞれが心を持つからこその思いなのだと言い切っています。感情を性別や性格のせいにせず、一人ひとりの心の事情として受け止める姿勢は、今の時代にこそ大切にしたいものです。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
情恋愛理解女性共感
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