酔古堂剣掃 / 集情・燕市の醉泣、楚帳の悲歌
燕市之醉泣,楚帳之悲歌,岐路之涕零,窮途之慟哭。每一退念及此,雖在千載以後,亦感慨而興嗟。
新字:燕市之酔泣,楚帳之悲歌,岐路之涕零,窮途之慟哭。毎一退念及此,雖在千載以後,亦感慨而興嗟。
書き下し
燕市の醉泣、楚帳の悲歌、岐路の涕零、窮途の慟哭。每に一たび退きて念ひ此に及べば、千載の以後に在りと雖も、亦た感慨して嗟を興す。
現代語訳
燕の市場で酒に酔って泣いた荊軻、楚の陣幕で悲しい歌をうたった項羽、分かれ道で涙を流した楊朱、行き止まりの道で声をあげて泣いた阮籍。一人で静かにこれらのことを思うたびに、千年後の世にいる身でありながら、胸がいっぱいになって嘆息せずにはいられません。
解説
歴史上の名だたる人々の涙を四つ並べた一則です。燕市の醉泣は、刺客の荊軻が友の高漸離と燕の市で酒を飲み、歌い、やがて泣いたという史記の話です。楚帳の悲歌は、垓下で四面楚歌となった項羽が愛妃虞美人を前に歌った場面です。岐路の涕零は、一歩の違いで行く先が大きく分かれることを嘆いて楊朱が泣いた話、窮途の慟哭は、車で行き止まりに来ると大声で泣いて引き返したという魏の阮籍の話です。英雄も思想家も、人は皆どうにもならない思いに涙してきました。その涙に共感できることが、歴史を読む大きな意味の一つなのでしょう。
この章句が説くこと
歴史情英雄感慨故事
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