酔古堂剣掃 / 集情・新藻を競ひて英を抽く
紛弱葉而凝照,競新藻而抽英。
書き下し
弱葉を紛らせて照を凝らし、新藻を競ひて英を抽く。
現代語訳
柔らかな若葉を入り乱れさせて光を集め、新しく伸びた藻と競うように花を抜き出して咲かせます。
解説
春の水辺の草花が、光を浴びて一斉に伸びゆく様子を描いた短い対句です。弱葉はしなやかな若葉、紛らすは入り乱れること、照を凝らすは日の光を集めて輝くことです。新藻は水中に新しく生えた藻、英は花、抽くは抜き出すように伸ばすことです。若葉も藻も花も、競うように命を伸ばしていく春のエネルギーが感じられます。前の句とあわせて、水辺の花をたたえた文の一部とみられます。新しい季節の始まりには、植物のように自分も何かを伸ばしてみたくなるものです。小さくてもよいので、新しいことを一つ始める季節にしたいものです。
この章句が説くこと
自然春成長風雅花
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