酔古堂剣掃 / 集情・灰は半生の劫を染む
天涯浩緲,風飄四海之魂;塵土流離,灰染半生之劫。
書き下し
天涯浩緲として、風は四海の魂を飄し、塵土流離して、灰は半生の劫を染む。
現代語訳
果てしない天の果てまで、風は四方の海をさまよう魂を吹き流し、塵にまみれて流浪するうちに、劫火の灰が半生の苦難を染めあげています。
解説
さすらいの身の上を嘆いた、深い哀感の漂う対句です。天涯は空の果て、浩緲ははるかに広がるさまです。四海の魂は、各地を転々とする旅人の心をいいます。塵土流離は俗世をさまよい歩くこと、劫は仏教で世界が滅びるほどの長い時間やその災いを指し、劫灰はそのときの火の灰です。半生の苦労が灰となって身に染みついている、という表現には、若くない人の重い実感がこもっています。人生には、思うにまかせず流されるように過ごす時期もあります。その日々も自分の一部として受け入れたとき、はじめて次の一歩が見えてくるのかもしれません。
この章句が説くこと
流離無常人生情苦難
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