酔古堂剣掃 / 集情・君を南浦に送る
春草碧色,春水緑波,送君南浦,傷如之何。
書き下し
春草は碧色、春水は綠波、君を南浦に送る、傷むこと之を如何せん。
現代語訳
春の草は青々とし、春の水は緑の波を立てています。そんな中であなたを南の水辺に見送る、この悲しみをどうしたらよいのでしょう。
解説
南朝の江淹が別れの悲しみを書き尽くした別賦の、最も名高い一節です。南浦は南の水辺で、楚辞以来、人を見送る場所の代名詞になりました。春の草と水が生き生きと輝くほど、別れのつらさがかえって際立ちます。明るい景色と暗い心を並べる手法は、後の詩人たちにも繰り返し用いられました。別賦は、黯然として魂を銷す者は唯だ別れのみ、という句で始まり、別れこそ人の心を最も打ちのめすものだと述べています。転勤や卒業など、現代にも別れの場面は多くあります。悲しみを押し込めず、言葉にして相手に伝えることが、よい別れ方なのかもしれません。
この章句が説くこと
別離情春文学友情
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