酔古堂剣掃 / 集情・慈悲の筏、相思の海
慈悲筏,濟人出相思海;恩愛梯,接人下離恨天。
新字:慈悲筏,済人出相思海;恩愛梯,接人下離恨天。
書き下し
慈悲の筏は、人を濟ひて相思の海より出だす。 恩愛の梯は、人を接して離恨の天より下す。
現代語訳
慈悲の筏は、人を救って恋しさの海から連れ出してくれます。恩愛の梯子は、人を迎えて別れの恨みの天から下ろしてくれます。
解説
恋の苦しみを海と天にたとえ、そこから救い出すものを筏と梯子にたとえた対句です。相思の海は、恋い慕う思いが果てしなく広がる苦しみ、離恨天は別れの恨みが満ちた天を言います。慈悲は仏教で人の苦しみを取り除き楽を与える心で、筏は迷いの岸から悟りの岸へ渡す教えのたとえとして仏典によく使われます。ここではその仏教のたとえを恋の苦しみに向け、慈悲と恩愛がそこから人を救うと言うのです。恋の苦しみも、人の温かい思いやりによって和らげられるという見方には、優しさが感じられます。自分が苦しみの海にいるときは差し伸べられる筏に気づき、誰かが苦しんでいるときには自分が筏や梯子になれればと思わせる句です。
この章句が説くこと
情慈悲恩愛救い相思
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