酔古堂剣掃 / 集情・偏へに自ら人の孤另なるを照らす
月色懸空,皎皎明明,偏自照人孤另;蛩聲泣露,啾啾唧唧,都來助我愁思。
新字:月色懸空,皎皎明明,偏自照人孤另;蛩声泣露,啾啾唧唧,都来助我愁思。
書き下し
月色空に懸り、皎皎明明として、偏へに自ら人の孤另なるを照らす。 蛩聲露に泣き、啾啾唧唧として、都て來りて我が愁思を助く。
現代語訳
月の光は空にかかり、白々と明るく、ことさらに独りぼっちの私を照らします。こおろぎの声は露に濡れて泣き、ちちちと鳴いて、みな寄ってきて私の愁いを募らせます。
解説
秋の夜の月と虫の声が、独りの寂しさを一層深める様子を描いた一則です。皎皎明明は月の光が白く明るいさま、孤另は独りぼっちであることを言います。蛩はこおろぎで、啾啾唧唧はその鳴き声を写した言葉です。月は誰をも等しく照らしているはずなのに、独りでいる身には、わざわざ自分の孤独を照らし出しているように感じられます。虫の声も同じで、まるで自分の愁いを助けに来たかのように聞こえます。偏自や都来という言葉に、景色をすべて自分の気持ちに引き寄せてしまう心の動きがよく表れています。寂しいときほど、周りのものが自分の気持ちを映す鏡になることを教えてくれる句です。
この章句が説くこと
情孤独秋月愁い
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