酔古堂剣掃 / 集情・荀令君坐する處三日香し
荀令君至人家,坐處常三日香。
新字:荀令君至人家,坐処常三日香。
書き下し
荀令君人の家に至れば、坐する處常に三日香し。
現代語訳
荀令君(三国時代の荀彧)が人の家を訪れると、その座った所にはいつも三日間よい香りが残りました。
解説
三国時代の曹操の参謀、荀彧の逸話を引いた一則です。荀彧は尚書令を務めたので荀令君と呼ばれました。彼が人の家を訪れると座った場所に三日間香りが残ったという話が伝わり、荀令の香として風雅な人の代名詞になりました。集情の中に置かれているのは、慕わしい人の残り香を思わせる句として採られたからでしょう。香りは形がないのに、その人がいたことを長く伝えます。人が去ったあとに何を残すかという問いとして読むこともできます。立ち去ったあとも、温かな印象が香りのように残る人でありたいものです。
この章句が説くこと
風雅残り香人物情品格
関連する章句
-
『酔古堂剣掃』集韻・玉を蘊み珠を含むが如し清姿は雲に臥し雪を餐ふが如く、天地も盡く其の塵汙を愧づ。雅致は玉を蘊み珠を含むが如く、日月も轉た其の泄露を嫌ふ。
-
『酔古堂剣掃』集綺・綠篠清漣に媚ぶ石上の酒花、幾片の濕雲夜色に凝り、 松間の人語、數聲の宿鳥朝喧を動かす。 媚の字は極めて韻あり、出すに清致を以てすれば、則ち窈窕として但だ風神を見、附するに妖嬈を以てすれば、則ち做作して畢く醜態を露はす。 芙蓉の秋水に媚び、綠篠の清漣に媚ぶるが如くにして、方に跡を著けず。
-
『酔古堂剣掃』集韻・莓苔に淡冶の光を生ず高士流連すれば、花木に清疏の致を添へ、幽人剝啄すれば、莓苔に淡冶の光を生ず。
-
『酔古堂剣掃』集韻・塵埃も犯す可からず襟韻灑落たること晴雪秋月の如く、塵埃も犯す可からず。
-
『酔古堂剣掃』集韻・風月の場に傖父を插む田舍兒強ひて馨語を作せば、俗因を博し得、風月の場に傖父を插み入るれば、便ち惡趣と成る。
-
『酔古堂剣掃』集綺・書生に寒酸の氣無し武士に刀兵の氣無く、書生に寒酸の氣無く、女郎に脂粉の氣無く、山人に煙霞の氣無く、僧家に香火の氣無ければ、 一番の世界を換へ出し、便ち世上に少くべからざるの人と爲る。