酔古堂剣掃 / 集醒・一步を留めて人に與へて行かしむ
徑路窄處,留一步與人行;滋味濃的,減三分讓人嗜。此是涉世一極安樂法。
新字:径路窄処,留一歩与人行;滋味濃的,減三分譲人嗜。此是渉世一極安楽法。
書き下し
徑路の窄き處は、一步を留めて人に與へて行かしむ。 滋味の濃き的は、三分を減じて人に讓りて嗜ましむ。 此れは是れ世を涉る一の極めて安樂なる法なり。
現代語訳
狭い小道では、一歩退いて人に先に通らせます。味の濃いおいしいものは、三分ほど減らして人に譲って味わわせます。これこそが世を渡るうえで、この上なく安楽な方法です。
解説
譲ることを処世の極意として示した一則です。細い道で一歩下がって人を通し、おいしいものを少し減らして人に分ける、というごく日常の場面が例に挙げられています。径路は小道、滋味はうまい味わい、渉世は世の中を渡っていくことを言います。一歩や三分という控えめな数字がよく、全部を譲るのではなく、少しだけ譲る余裕を持つことが大切だと分かります。菜根譚にもほぼ同じ句があり、よく知られた一節です。争えば得るものより失うものが多く、少し譲れば相手との関係が円くなり、結局は自分も楽になります。会議の発言や手柄の分け方でも、少しだけ人に譲る心がけを持ちたいものです。
この章句が説くこと
謙譲処世寛容余裕和
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