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酔古堂剣掃 / 集醒・是非は釣魚の處に到らず

是非不到釣魚處,榮辱常隨騎馬人。

新字:是非不到釣魚処,栄辱常随騎馬人。

書き下し

是非は釣魚の處に到らず、榮辱は常に騎馬の人に隨ふ。

現代語訳

世間の是非の争いは、魚を釣っている所までは届きません。栄誉と恥辱は、いつも馬に乗って出世した人に付きまといます。

解説

隠れて釣りをする人と、馬に乗って出世する人とを対比した詩の二句です。是非は人の噂や争いごと、栄辱は栄誉と恥辱を言います。水辺で釣り糸を垂れる隠者には、世間の評判も争いも届きません。反対に、馬に乗る身分の高い人には、褒められることもそしられることも常についてまわります。高い地位は華やかに見えますが、その分だけ人の目と口にさらされ、心の休まる時がありません。栄誉を求めれば恥辱もついてくるという、表裏一体の関係を見抜いた句です。すべての人が隠者になれるわけではありませんが、評価を気にしすぎて疲れたときには、自分だけの釣り場のような時間を持つことが心を守ってくれます。

この章句が説くこと

隠逸栄辱閑適名利処世

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この一句を、あなたの毎日に。

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