酔古堂剣掃 / 集醒・是非は釣魚の處に到らず
是非不到釣魚處,榮辱常隨騎馬人。
新字:是非不到釣魚処,栄辱常随騎馬人。
書き下し
是非は釣魚の處に到らず、榮辱は常に騎馬の人に隨ふ。
現代語訳
世間の是非の争いは、魚を釣っている所までは届きません。栄誉と恥辱は、いつも馬に乗って出世した人に付きまといます。
解説
隠れて釣りをする人と、馬に乗って出世する人とを対比した詩の二句です。是非は人の噂や争いごと、栄辱は栄誉と恥辱を言います。水辺で釣り糸を垂れる隠者には、世間の評判も争いも届きません。反対に、馬に乗る身分の高い人には、褒められることもそしられることも常についてまわります。高い地位は華やかに見えますが、その分だけ人の目と口にさらされ、心の休まる時がありません。栄誉を求めれば恥辱もついてくるという、表裏一体の関係を見抜いた句です。すべての人が隠者になれるわけではありませんが、評価を気にしすぎて疲れたときには、自分だけの釣り場のような時間を持つことが心を守ってくれます。
この章句が説くこと
隠逸栄辱閑適名利処世
関連する章句
-
『酔古堂剣掃』集醒・身に樂有るは心に憂無きに若かず前に譽有るは、後に毀無きに若かず。身に樂有るは、心に憂無きに若かず。
-
『酔古堂剣掃』集靈・道義の路上に炎涼無し隱逸の林中に榮辱無く、道義の路上に炎涼無し。
-
『酔古堂剣掃』集醒・譽を要むるは名を逃るるに如かず恩を市るは德に報ゆるの厚しと為すに如かず、譽を要むるは名を逃るるの適と為すに如かず、情を矯むるは節を直くするの真と為すに如かず。
-
『酔古堂剣掃』集峭・困窮の背後には福跟隨す榮寵の旁邊には辱め等待す、必ずしも揚揚たらず;困窮の背後には福跟隨す、何ぞ戚戚たるを須ひん。
-
『酔古堂剣掃』集素・水暖水寒魚自ら知る花開き花落つるも春は管せず、意に拂る事は人に對して言ふを休めよ。 水暖かに水寒きは魚自ら知る、心に會する處は還た獨り賞するを期す。
-
『酔古堂剣掃』集韻・理亂を聞かざるに置く外慕を屏絕し、長林に偃息し、理亂を聞かざるに置き、清閑に托して自ら佚す。松軒竹塢、酒甕茶鐺、山月溪雲、農蓑漁罟。