酔古堂剣掃 / 集醒・浮雲轉た常情有り
觀世態之極幻,則浮雲轉有常情;咀世味之皆空,則流水翻多濃旨。
新字:観世態之極幻,則浮雲転有常情;咀世味之皆空,則流水翻多濃旨。
書き下し
世態の極めて幻なるを觀れば、則ち浮雲轉た常情有り。 世味の皆空なるを咀めば、則ち流水翻って濃旨多し。
現代語訳
世の有り様がこの上なくまぼろしのようであるのを見れば、浮き雲のほうがかえって変わらぬ心を持っているように思えます。世の中の味わいがすべて空しいとかみしめれば、流れる水のほうがかえって濃い味わいに満ちていると感じられます。
解説
人の世と自然を比べて、無常の感じ方を逆転させた対句です。浮雲と流水は、ふつうは定まらずに移ろうものの代表です。ところが世の人情の移り変わりの激しさを見たあとでは、浮雲のほうがまだ変わらぬ心を持っているように見えると言います。世味は世の中の楽しみや味わい、濃旨は深い味わいです。名利の味がすべて空しいと悟れば、ただ流れていく水にこそ尽きない味わいがあると気づきます。人の世の栄枯盛衰に疲れたとき、自然の移ろいはむしろ規則正しく、落ち着きを与えてくれます。人間関係に振り回された日には、空の雲や川の流れを眺めてみると、心の重心が戻ってくるかもしれません。
この章句が説くこと
無常自然世態達観閑適
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