酔古堂剣掃 / 集醒・一切之を我が身に求めよ
休委罪於氣化,一切責之人事;休過望於世間,一切求之我身。
新字:休委罪於気化,一切責之人事;休過望於世間,一切求之我身。
書き下し
罪を氣化に委ぬるを休めよ、一切之を人事に責めよ。 望みを世間に過ぐるを休めよ、一切之を我が身に求めよ。
現代語訳
罪を天地の巡り合わせのせいにするのはやめなさい。すべては人の行いの責任として問いなさい。世の中に過大な期待をかけるのはやめなさい。すべては自分自身に求めなさい。
解説
責任と期待の向け先を、自分の側に引き戻すよう説いた対句です。気化は天地の気の運行、つまり運命や時の巡り合わせのことです。人事は人のなすべき事柄、人の行いを言います。うまくいかないことを運や時代のせいにしている限り、何も変わりません。また世の中や他人に多くを期待すると、裏切られたときに恨みが残ります。『論語』衛霊公篇の「君子は諸を己に求め、小人は諸を人に求む」と同じ精神です。責任を引き受けることは重荷のようですが、実は自分で状況を変えられるという希望でもあります。うまくいかない時こそ、自分にできることは何かに目を向けたいものです。
この章句が説くこと
自責反省処世自立修身
関連する章句
-
『呻吟語』内篇・修身・腳を放ちて行けば日日長進を見る頭を回らせて看れば、年年過差有り。腳を放ちて行けば、日日長進を見る。
-
孟子・離婁章句上孟子曰く、「人を愛して親しまずんば、其の仁に反れ。人を治めて治まらずんば、其の智に反れ。人を禮して答えずんば、其の敬に反れ。行いて得ざる者有れば、皆諸を己に反求す。其の身正しければ天下之に歸す。詩に云う、『永く言、命を配し、自ら多福を求む。』」
-
『酔古堂剣掃』集醒・三個の必ず自ら反る天下に處し難きの事無し、只だ兩個の「之を如何せん」を要す。 天下に處し難きの人無し、只だ三個の「必ず自ら反る」を要す。
-
『呻吟語』内篇・修身・己に違ふは難し人は眾に違ふに難からずして、己に違ふに難し。能く己に違はば、眾に違ふこと何ぞ難からん。
-
司馬法・天子之義大敗には誅(ちゅう)せず、上下皆不善は己に在りと以(おも)う。
-
『酔古堂剣掃』集醒・今日の是は執るべからず昨日の非は留むべからず、之を留むれば則ち根燼復た萌し、而して塵情終に理趣を累はす。 今日の是は執るべからず、之を執れば則ち渣滓未だ化せず、而して理趣反轉して欲根と爲る。