司馬法 / 天子之義
大敗不誅,上下皆以不善在己。
書き下し
大敗には誅(ちゅう)せず、上下皆不善は己に在りと以(おも)う。
現代語訳
大敗を喫しても罰しない、上下の者は皆、不首尾の原因は自分にあると考える。
解説
大きな敗北を喫しても罰することなく、上の者も下の者も皆、うまくいかなかった原因は自分にあると考えるという、現代のノーブレーム文化にも通じる句である。犯人捜しをして誰かを罰したところで失敗の再発は防げず、むしろ関わった一人ひとりが我が事として振り返ることの方が次につながる。うまくいかなかったときに人を責めるか自らを省みるかが、その後の立て直しの速さを左右する。
この章句が説くこと
ノーブレーム反省再発防止
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