呻吟語 / 内篇・修身・己に違ふは難し
人不難於違眾,而難於違己。能違己矣,違眾何難?
新字:人不難於違衆,而難於違己。能違己矣,違衆何難?
書き下し
人は眾に違ふに難からずして、己に違ふに難し。能く己に違はば、眾に違ふこと何ぞ難からん。
現代語訳
人は大勢に逆らうことは難しくなく、自分に逆らうことが難しいのです。自分に逆らえるなら、大勢に逆らうことなど何の難しさがあるでしょうか。
解説
世間に逆らう勇気より、自分の考えに逆らう勇気のほうが難しいと言います。確かに、周囲と衝突する人は珍しくありませんが、自分の意見を自分で覆せる人は稀です。そして順序が示されていて、自分に逆らえる人には、大勢に逆らうことは自然にできる。孤高を目指すのではなく、まず自分を疑えという順番になっているところが要です。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
自己反省勇気同調翻意
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