酔古堂剣掃 / 集醒・英發の疾は醫するに深沈を以てす
玄奇之疾,醫以平易;英發之疾,醫以深沈;濶大之疾,醫以充實。
新字:玄奇之疾,医以平易;英発之疾,医以深沈;濶大之疾,医以充実。
書き下し
玄奇の疾は、醫するに平易を以てす。 英發の疾は、醫するに深沈を以てす。 濶大の疾は、醫するに充實を以てす。
現代語訳
奥深く奇抜なものを好む病は、平易さによって治します。才気があふれ出す病は、深く沈着であることによって治します。おおまかで大きなことばかり言う病は、中身を充実させることによって治します。
解説
人の性格の偏りを病にたとえ、それぞれに処方を示した一則です。玄奇は深遠で奇抜なことを好む傾向、英発は才気があふれて外に出すぎること、濶大はおおらかすぎて中身が伴わないことを言います。奇をてらう人には平易さを、才気走る人には落ち着きを、大風呂敷を広げる人には中身の充実を薬として与えるのです。どれも長所の裏返しであるところが大事な点で、才能ある人ほどこうした病にかかりやすいと言えます。自分の長所が行き過ぎていないかを知り、反対側の性質を意識して養うことは、自分を磨くうえでも、人を育てる立場の人にとっても役に立つ視点です。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
修身長所中庸沈着自省
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