酔古堂剣掃 / 集醒・人常に死する時を想へば
人常想病時,則塵心便減;人常想死時,則道念自生。
書き下し
人常に病める時を想へば、則ち塵心便ち減ず。 人常に死する時を想へば、則ち道念自ら生ず。
現代語訳
人がいつも病気の時のことを思っていれば、俗世への執着はすぐに薄れます。人がいつも死ぬ時のことを思っていれば、道を求める心がおのずと生まれます。
解説
病と死を思うことを、心を清める方法として勧めた対句です。塵心は俗世の欲にまみれた心、道念は道を求める心を言います。元気なときには名誉や財産や快楽に夢中になりますが、病床に伏したときを思い浮かべれば、それらがいかに頼りないかに気づきます。さらに死の時を思えば、本当に大切なものは何かという問いが自然に生まれます。菜根譚にも、病や死を思えば欲が冷めるという趣旨の句があります。死を思うことは暗い考えではなく、今の生き方を正す鏡になります。人生の優先順位に迷ったとき、最期の時から振り返って考えてみると、答えがはっきりすることがあります。
この章句が説くこと
生死無常道欲病
関連する章句
-
老子 第1章道たる可く道も、常の道に非ず。名たる可く名づくるも、常の名に非ず。名無くして天地の始まり、名有りて萬物の母。故に常に欲無くして以てその妙を観、常に欲有りて以てその窮を観。此二つは、同じく出でて異なる名、同じく之を玄と謂う。玄の又玄、衆妙の門なり。
-
孫子・始計篇道とは、民をして上と意を同じくし、之と死す可く、之と生く可くして、危きを畏れざらしむるなり。
-
論語・公冶長篇子曰く、「道行われず、桴に乗りて海に浮かばん。我に従わん者は、其れ由か。」子路之を聞きて喜ぶ。子曰く、「由や、勇を好むこと我に過ぎたり。材を取る所無し。」
-
孫子・形篇善く兵を用うる者は、道を修めて法を保つ。故に能く勝敗の政を為す。
-
論語・微子篇柳下恵、士師と為り、三たび黜けらる。人曰く、「子未だ以て去る可からざるか。」曰く、「道を直くして人に事うれば、焉くに往くとして三たび黜けられざらん。道を枉げて人に事うれば、何ぞ必ずしも父母の邦を去らん。」
-
うひ山ぶみ・第二十一段そもそも此道は、天照大御神の道にして、天皇の天下をしろしめす道、四海万国にゆきわたりたる、まことの道なるが、ひとり皇国に伝はれるを、其道は、いかなるさまの道ぞといふに、