酔古堂剣掃 / 集醒・吉人は安祥
吉人安祥,即夢寐神魂,無非和氣;凶人狠戾,即聲音笑語,渾是殺機。
新字:吉人安祥,即夢寐神魂,無非和気;凶人狠戻,即声音笑語,渾是殺機。
書き下し
吉人は安祥にして、即ち夢寐の神魂も、和氣に非ざるは無し。 凶人は狠戾にして、即ち聲音笑語も、渾て是れ殺機なり。
現代語訳
善い人は穏やかで落ち着いており、眠って夢を見ているときの魂さえも、和やかな気に満ちています。悪い人は荒々しくねじけており、話し声や笑い声までもが、すべて人を損なう気配を帯びています。
解説
人の本性は、意識していない所にまでにじみ出ることを述べた対句です。吉人は善良な人、安祥は穏やかで落ち着いたさまを言います。凶人は悪い人、狠戻は荒々しく道理に背くことで、殺機は人を害しようとする気配を指します。善人は夢の中でさえ和やかで、悪人は笑っているときでさえ刺々しいというのです。菜根譚にもほぼ同じ句があります。表面の言葉づかいや笑顔は取り繕えても、心の奥の気は隠しきれず、周りの人には伝わってしまいます。自分の気の持ち方を日々整えることが、何よりの身だしなみだと言えるでしょう。
この章句が説くこと
和気修身品格心善悪
関連する章句
-
『酔古堂剣掃』集豪・品は心に由りて定まる才は氣を以て雄に、品は心に由りて定まる。
-
『囲炉夜話』第百十一則・水止まりて乃ち能く物を照らす心靜かなれば則ち明らかなり、水止まりて乃ち能く物を照らす。品超ゆれば斯に遠し、雲飛びて空を礙げず。
-
『正法眼蔵随聞記』巻五一日雑談の次でに示じて云く、人の心本より善悪なし、善悪は縁に随て起る、喩へば人発心して山林に入る時は、林下はよし人間は悪しとおほゆ、亦退屈の心にて山林を出る時は、山林は悪しとおぼゆ、是れ即ち決定して心に定相なし、縁に随て兎も角もなるなり、かるが故に善縁にあへば心よくなり、悪縁に近づけば心悪くなるなり、我が心本より悪しと思ふことなかれ、只善縁に随ふへきなり、
-
『十善法語』巻第十二・不邪見戒之下夢ヲ占フテ吉凶ヲ知ル。冠蓋ヲ相シ。刀劒ヲ相シ。笏ヲ相シテ。吉凶ヲ察スル。印度ニ八種占相ノ術アル。其種類多キシヤ。要ヲ取テ云ハハ。心ノ赴ク処ニ理ノアラハレ。力ヲ用フル処ニ術ヲ得ル。事事皆爾リシヤ。增一阿含ノ中ニ。鹿頭梵志カ髑体ヲ打テ。其人ノ命終ノ縁及後世受生ノ処ヲ云シト。此趣ヲ擴充シ思惟セハ。支那ノ卜筮相法ノ術ノ中ニモ。後世受生モ察シ知ルヘキシヤ。一草一木ノ上ニモ。此大道ノ顕レテ隠シ得ヌコトヲ知ルヘキシヤ。此一切吉凶禍福。人事ノ始末。面部ニ顕レテ隠シ得ヌ。手足ニ顕レテ隠シ得ヌ。器物玩具。屋宅城邑ニ顕レテ隠シ得ス。国家ノ治乱。軍事ノ成敗。天象ニ顕レ。地理ニアラハレテ隠シ得ヌ。乃至所作ノ善悪。志性ノ賢不肖。後世受生ノ処マテ。片骨ニ顕レテ隠シ得ヌ。断見ハ此処ニ解脱スルシヤ。吉凶悔吝。心ニ由テ転変シテ実体ナク。善ヲ思ヘハ凶事モ吉ト成ル。能ニ誇レハ吉事モ凶事トナル。維レ狂モ克念ヘハ聖トナル。維レ聖モ念ハサレハ狂トナル。常見ハ此処ニ解脱スルシヤ。
-
『不動智神妙録』諫言 其一 忠を尽くす其心正しき時は、外より人の知る事もあらず、一念発る所に善と悪との二つあり、其善悪二つの本を考へて、善をなし悪をせざれば、心自ら正直なり。
-
『酔古堂剣掃』集韻・風月の場に傖父を插む田舍兒強ひて馨語を作せば、俗因を博し得、風月の場に傖父を插み入るれば、便ち惡趣と成る。