酔古堂剣掃 / 集醒・生死老病四字の關
人不得道,生死老病四字關,誰能透過;獨美人名將老病之狀,尤為可憐。
新字:人不得道,生死老病四字関,誰能透過;独美人名将老病之状,尤為可憐。
書き下し
人道を得ざれば、生死老病の四字の關、誰か能く透過せん。 獨り美人・名將の老病の狀は、尤も憐むべしと爲す。
現代語訳
人は道を悟らなければ、生・死・老・病という四文字の関所を、誰が通り抜けられるでしょうか。とりわけ美人と名将が老い病むありさまは、もっとも哀れなものです。
解説
仏教の説く生老病死の苦を、関所にたとえた一則です。道を得た人でなければ、この四つの関を心乱さずに越えることはできないと言います。そのうえで著者は、美人と名将の老いと病をことさらに哀れむべきものとして挙げます。容色や武勇という、若さと力に支えられた栄光を持つ人ほど、それを失うときの落差が大きいからです。透過は、禅の言葉で関門を突き抜けることを言います。今日でいえば、若さや肩書に自分の価値を預けすぎると、老いや引退のときにつらさが増すということでしょう。失われるものの上ではなく、失われないものの上に生き方を築く大切さを教えています。
この章句が説くこと
無常老病生死悟り道
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