酔古堂剣掃 / 集醒・打渾は時に隨ふの妙法
打渾,隨時之妙法,休嫌終日昏昏;精明,當事之禍機,卻恨一生了了。
新字:打渾,随時之妙法,休嫌終日昏昏;精明,当事之禍機,却恨一生了了。
書き下し
打渾は、時に隨ふの妙法なり、終日昏昏たるを嫌ふを休めよ。 精明は、事に當るの禍機なり、卻って一生了了たるを恨む。
現代語訳
とぼけてやり過ごすのは、時勢に従って生きるための巧みな方法です。一日中ぼんやりしていることを嫌がってはいけません。抜け目なく賢いのは、物事に当たるときの災いの種です。かえって一生はっきり物が見えすぎることを恨むことになります。
解説
賢さの危うさと、愚かに見えることの効用を対比した一則です。打渾はとぼけてうやむやにすること、昏昏はぼんやりしたさま、了了は何もかもはっきり分かるさまを言います。何でも見抜き、白黒をつけずにはいられない人は、周囲との摩擦を生み、自分も苦しみます。清の鄭板橋が書いた「難得糊塗(愚かでいるのは難しい)」という言葉にも通じる考え方です。職場でも、気づいたことを全部指摘するより、あえて見過ごすほうが物事が円く収まる場面があります。ただし、これは分かっていて黙る知恵であり、本当に何も考えないこととは違います。
この章句が説くこと
処世韜晦愚精明寛容
関連する章句
-
『酔古堂剣掃』集醒・生死の路上は正に糊塗を要す名利場中は、伶俐を容れ難し。 生死の路上は、正に糊塗を要す。
-
『酔古堂剣掃』集醒・三分の癡呆を留めて以て死を防ぐ七分の正經を留めて以て生を度り、三分の癡呆を留めて以て死を防ぐ。
-
『酔古堂剣掃』集醒・巧を拙に藏す巧を拙に藏し、晦を用ひて明らかに、清を濁に寓し、屈を以て伸と為す。
-
『酔古堂剣掃』集醒・精を韜みて以て拙を示す辯を好みて以て尤を招くは、訒黙して以て性を怡ばしむるに若かず。廣く交はりて以て譽を延くは、索居して以て自ら全うするに若かず。費を厚くして以て多く營むは、事を省きて以て儉を守るに若かず。能を逞しくして以て妬みを受くるは、精を韜みて以て拙を示すに若かず。
-
『酔古堂剣掃』集醒・巧に處りては拙の若し巧に處りては拙の若く、明に處りては晦の若く、動に處りては靜の若し。
-
『酔古堂剣掃』集峭・君子は恬を以て智を養ふ伺察して以て明と為す者は、常に明に因りて暗を生ず、故に君子は恬を以て智を養ふ;奮迅して以て速やかなるを求むる者は、多く速やかなるに因りて遲きを致す、故に君子は重を以て輕を持す。