酔古堂剣掃 / 集醒・三分の癡呆を留めて以て死を防ぐ
留七分正經以度生,留三分癡呆以防死。
新字:留七分正経以度生,留三分痴呆以防死。
書き下し
七分の正經を留めて以て生を度り、三分の癡呆を留めて以て死を防ぐ。
現代語訳
七分のまじめさを持って人生を渡り、三分の愚かさを残して身の破滅を防ぎます。
解説
まじめさと愚かさを七対三で持つという、ユーモアを含んだ処世の知恵です。正経はまじめで筋の通ったこと、痴呆はここではとぼけた愚かさを指します。人生を渡るには、大部分はまじめに誠実に生きることが必要です。しかし十分にまじめすぎると、融通が利かず、正しさを振りかざして人と衝突し、身を危うくします。あるいは思い詰めて心身を壊すこともあります。三分の愚かさ、つまり知らないふりや、こだわらない余裕が、自分を守る緩衝材になるのです。清の鄭板橋の難得糊塗という言葉にも通じる考え方です。仕事熱心な人ほど、少し力を抜き、とぼける余地を残しておくことが長続きの秘訣かもしれません。
この章句が説くこと
中庸処世余裕修身韜晦
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