酔古堂剣掃 / 集醒・巧に處りては拙の若し
處巧若拙,處明若晦,處動若靜。
新字:処巧若拙,処明若晦,処動若静。
書き下し
巧に處りては拙の若く、明に處りては晦の若く、動に處りては靜の若し。
現代語訳
器用であっても不器用な人のように振る舞い、聡明であっても暗愚な人のように振る舞い、動いている時にも静かな人のように振る舞います。
解説
三つの句を重ねて、才をしまっておく処世を説いた一則です。巧と拙、明と晦、動と静という反対の組み合わせを並べ、上手な者ほど下手に見え、賢い者ほど愚かに見え、忙しい者ほど落ち着いて見えるのがよいと言います。晦は暗くぼんやりしていることです。『老子』の「大巧は拙なるが若し」を思わせる考え方です。才能をむき出しにすると、人の妬みを招き、自分も慢心しがちです。仕事ができる人ほど腰を低くし、忙しいときほど慌てず静かに構える、その落ち着きこそが、周りから信頼される人の姿です。
この章句が説くこと
謙虚韜晦処世静拙
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