酔古堂剣掃 / 集醒・路は羊腸に曲る
山窮鳥道,縱藏花谷少流鶯,路曲羊腸,雖覆柳陰難放馬。
新字:山窮鳥道,縦蔵花谷少流鶯,路曲羊腸,雖覆柳陰難放馬。
書き下し
山は鳥道に窮まり、縱ひ花谷を藏すとも流鶯少なし。路は羊腸に曲り、柳陰に覆はると雖も馬を放ち難し。
現代語訳
山が鳥しか通れない険しい道で行き止まるところでは、たとえ花の咲く谷を隠していても、飛び交う鶯は少ないのです。道が羊の腸のように曲がりくねっているところでは、たとえ柳の木陰に覆われていても、馬を思いきり走らせることはできません。
解説
険しい道の風景を描きながら、美しいものがあっても道が険しければ楽しめないことを述べた対句です。鳥道は鳥しか通えないような険しい山道、羊腸は羊の腸のように曲がりくねった道のことです。山奥に花の谷があっても、道が険しすぎれば鶯さえ寄りつきません。柳の木陰の美しい道でも、曲がりくねっていれば馬を駆ることはできません。集醒の中に置かれていることを考えると、世の中の険しさの比喩とも読めます。どんなに良いものを持っていても、そこに至る道が険しければ人は近づけず、力を発揮することもできないということです。人や組織が才能や魅力を持ちながら生かしきれていないとき、道の険しさを取り除くことを考えてみたいものです。
この章句が説くこと
風景険阻自然処世比喩
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