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酔古堂剣掃 / 集靈・但だ琴中の趣を識らば

對棋不若觀棋,觀棋不若彈瑟,彈瑟不若聽琴。古云:「但識琴中趣,何勞弦上音。」斯言信然。

新字:対棋不若観棋,観棋不若弾瑟,弾瑟不若聴琴。古云:「但識琴中趣,何労弦上音。」斯言信然。

書き下し

棋に對するは棋を觀るに若かず、棋を觀るは瑟を彈くに若かず、瑟を彈くは琴を聽くに若かず。古に云ふ、「但だ琴中の趣を識らば、何ぞ弦上の音を勞せん」と。斯の言信に然り。

現代語訳

碁を打つのは碁を見るのに及ばず、碁を見るのは瑟を弾くのに及ばず、瑟を弾くのは琴を聴くのに及びません。昔の人は「琴の中にある趣さえわかれば、どうして弦の上の音をわずらわす必要があろうか」と言いました。この言葉はまことにそのとおりです。

解説

勝負から観賞へ、奏でることから聴くことへと、だんだん心の静まる方へ楽しみを並べた一則です。碁を打てば勝ち負けに心が乱れますが、見るだけなら落ち着いて楽しめます。さらに楽器を弾くほうが争いがなく、聴くだけならもっと心が静かになるというのです。引用された二句は、陶淵明が弦のない琴を持ち、酒に酔うとそれを撫でて楽しんだときの言葉として伝わります。形や技術より、その奥にある趣を味わうことが大切だという考えです。何でも自分でやって結果を出そうとせず、ときには一歩引いて味わう側に回ることで、かえって深い楽しみが得られることがあります。

この章句が説くこと

風雅音楽閑適陶淵明心境

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