酔古堂剣掃 / 集醒・一の戀の字を帶ぶ
貧賤之人,一無所有,及臨命終時,脫一厭字;富貴之人,無所不有,及臨命終時,帶一戀字。脫一厭字,如釋重負;帶一戀字,如擔枷鎖。
新字:貧賤之人,一無所有,及臨命終時,脱一厭字;富貴之人,無所不有,及臨命終時,帯一恋字。脱一厭字,如釈重負;帯一恋字,如担枷鎖。
書き下し
貧賤の人は、一も有る所無し、命終に臨む時に及びて、一の厭の字を脫す。富貴の人は、有らざる所無し、命終に臨む時に及びて、一の戀の字を帶ぶ。一の厭の字を脫すれば、重負を釋くが如し。一の戀の字を帶ぶれば、枷鎖を擔ふが如し。
現代語訳
貧しく身分の低い人は、何ひとつ持っていないので、命が終わる時には「厭」、つまりこの世を厭う思いという一字を脱ぎ捨てます。富み栄えた人は、持っていないものがないので、命が終わる時には「恋」、つまりこの世への未練という一字を身に帯びます。厭の一字を脱ぎ捨てるのは、重い荷を下ろすようなものです。恋の一字を身に帯びるのは、首かせと鎖を担ぐようなものです。
解説
死に臨んだときの心の軽さと重さを、貧富で対比した一則です。貧しい人は、この世に楽しいことが少なかったので、世を厭う気持ちを抱いています。死はその厭わしさから解放されることなので、重荷を下ろすように安らかに去れます。富貴な人は、この世にすべてを持っているので、死ぬときには未練が残り、首かせをつけられたように苦しみます。持つものが多いほど、手放すときの苦しみは大きいという道理です。貧しさを勧めているのではなく、持っているものへの執着が最期を重くすることを戒めているのです。持ち物が増えても、それに心を縛られないようにしておくことが、最後に軽やかに去るための備えになるでしょう。
この章句が説くこと
生死執着清貧無常富貴
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