酔古堂剣掃 / 集醒・寂にして常に惺なり
寂而常惺,寂寂之境不擾;惺而常寂,惺惺之念不馳。
書き下し
寂にして常に惺なれば、寂寂の境擾れず。惺にして常に寂なれば、惺惺の念馳せず。
現代語訳
静まっていながら、いつも目覚めていれば、静けさの境地が乱されることはありません。目覚めていながら、いつも静まっていれば、はっきりした思いがあちこちへ走り出すことはありません。
解説
静けさと目覚め、寂と惺の両立を説いた、禅の趣の深い対句です。寂は心が静まっていること、惺ははっきりと目覚めていることです。心を静めようとすると、ぼんやりと眠気に沈んでしまいがちです。反対に、頭をはっきりさせようとすると、あれこれの考えが走り回って落ち着きません。そこで、静かでありながら目覚めており、目覚めていながら静かである状態こそ理想だというのです。禅や儒学の修養でも、惺惺寂寂という言葉でこの境地が語られてきました。集中して仕事をしているときの、静かだけれど冴えている心の状態を思い浮かべるとわかりやすいでしょう。落ち着きと冴えを同時に保つ工夫をしたいものです。
この章句が説くこと
禅静寂覚醒修身集中
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