酔古堂剣掃 / 集醒・形骸すら親に非ず
形骸非親,何況形骸外之長物;大地亦幻,何況大地內之微塵。
新字:形骸非親,何況形骸外之長物;大地亦幻,何況大地内之微塵。
書き下し
形骸すら親に非ず、何ぞ況んや形骸の外の長物をや。大地も亦た幻なり、何ぞ況んや大地の內の微塵をや。
現代語訳
自分の体でさえ本当に自分のものではありません。まして体の外にある余計な持ち物など、なおさらです。この大地でさえ幻です。まして大地の中の小さな塵など、なおさらです。
解説
身体も大地も仮のものだという仏教的な見方から、物への執着を解きほぐす対句です。形骸は肉体、長物は必要以上の余計な持ち物、微塵は細かな塵のことです。自分の体でさえ、いずれは老い、滅び、思いどおりにはなりません。その体の外にある財産や道具に執着するのは、なおさら意味のないことです。同じように、この大地さえ永遠のものではないのに、その上のわずかな塵、つまり些細な損得にこだわるのはおかしなことだというのです。大きなものの無常を見ることで、小さなものへの執着が自然にほどけていく構成になっています。物や損得にとらわれて心が重くなったとき、視野を大きく広げてみると、気持ちが軽くなるでしょう。
この章句が説くこと
無常執着仏教清貧達観
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