酔古堂剣掃 / 集醒・醉後の狂言醒むる時に悔ゆ
富時不儉貧時悔,潛時不學用時悔,醉後狂言醒時悔,安不將息病時悔。
新字:富時不倹貧時悔,潜時不学用時悔,酔後狂言醒時悔,安不将息病時悔。
書き下し
富める時儉ならざれば貧しき時に悔い、潛める時學ばざれば用ひらるる時に悔い、醉後の狂言は醒むる時に悔い、安くして將息せざれば病む時に悔ゆ。
現代語訳
豊かな時に倹約しなければ、貧しくなった時に後悔します。世に出ない時に学ばなければ、用いられた時に後悔します。酔った後のでたらめな言葉は、酔いが醒めた時に後悔します。無事な時に体をいたわらなければ、病気になった時に後悔します。
解説
後になって悔やむ四つの場面を並べた一則です。宋の宰相寇準の六悔銘と呼ばれる戒めに、ほぼ同じ句が含まれています。富める時の浪費、潜める時の怠学、酔った時の放言、安らかな時の不摂生が、それぞれ貧しい時、用いられる時、醒めた時、病む時の後悔につながります。潜めるとは、まだ世に出ず埋もれている時期のこと、将息は体をいたわり養うことです。どれも、そのときには何の問題もないように思えるのが共通点です。後悔は、いつも問題が表に出たときにやってきます。調子のよい時、暇な時、楽しい時にこそ、先を見て備えるという心がけが大切だと教えてくれます。四つのうち、いま自分に当てはまるものはないでしょうか。
この章句が説くこと
後悔倹約学問摂生処世
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