酔古堂剣掃 / 集醒・今人の忙しき處は古人の閒
朝市山林俱有事,今人忙處古人間。
新字:朝市山林倶有事,今人忙処古人間。
書き下し
朝市山林俱に事有り、今人の忙しき處は古人の閒なり。
現代語訳
朝廷や市場にも、山林にも、それぞれにすべきことがあります。今の人が忙しくしているところは、昔の人がゆったりと過ごしていたところなのです。
解説
忙しさは場所ではなく心の持ち方から生まれると示唆する一則です。朝市は朝廷と市場、つまり官界と商いの世界で、山林は隠者の住む場所です。どちらにもそれぞれの仕事があり、事がないところなどありません。それなのに、今の人は同じことをしていても忙しさに追われ、昔の人はそれを閑として楽しんでいたというのです。つまり、忙しさは事の多さではなく、心がそれに振り回されているかどうかで決まるということです。同じ仕事量でも、焦って取り組むと忙しく感じ、落ち着いて一つずつこなすとゆとりを感じます。忙しいと感じたとき、それは仕事のせいか、自分の心の構えのせいかを考えてみたいものです。
この章句が説くこと
閑適多忙心境処世古人
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