酔古堂剣掃 / 集醒・萬事杯の手に在るに如かず
萬事不如杯在手,一年幾見月當空。
新字:万事不如杯在手,一年幾見月当空。
書き下し
萬事杯の手に在るに如かず、一年幾たびか月の空に當るを見ん。
現代語訳
何もかも、杯を手にしていることには及びません。一年のうちに、月が空の真ん中にかかるのを見られるのは何度あるでしょうか。
解説
世の煩いを離れ、いまこの時の風情を味わうことを勧めた対句です。杯が手にあることは、酒を片手にくつろぐ時間の象徴です。月が空に当たるとは、澄んだ空に月が高くかかっている情景で、そうした夜は一年に何度もありません。あれこれの用事や心配ごとよりも、目の前の一杯と名月を楽しむほうが大切だという、酒と風月を愛した文人の心情がにじんでいます。集醒の中にこの句があるのは、世の中の忙しさに酔っている人に、立ち止まって今を味わえと呼びかけるためでしょう。仕事や心配ごとはいくらでも後回しにできますが、美しい月夜は待ってくれません。ときには手を止め、目の前の美しさを味わう時間を持ちたいものです。
この章句が説くこと
閑適風雅飲酒風月無常
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