酔古堂剣掃 / 集醒・謗を造る者は甚だ忙し
造謗者甚忙,受謗者甚閒。
書き下し
謗を造る者は甚だ忙しく、謗を受くる者は甚だ閒なり。
現代語訳
悪口をこしらえる者はとても忙しく、悪口を言われる者はとてもひまです。
解説
わずか十二字で、中傷する側とされる側の姿を鮮やかに対比した一則です。謗を造る者は、あれこれ話を作り、人に言いふらし、反応を気にして、休む暇がありません。一方、謗を受ける者は、自分が何もしていない以上、相手にしなければ何も変わらず、ゆったりと構えていればよいのです。中傷する側が労力を使い、される側は落ち着いていられるという逆転が、この句の面白さです。悪口を言われると、つい反論したり弁明したりして、こちらまで忙しくなってしまいます。しかしそれは相手の土俵に乗ることです。根も葉もない噂には、慌てず騒がず、自分の仕事に打ち込んでいれば、やがて時が明らかにしてくれるでしょう。
この章句が説くこと
讒言忍泰然処世噂
関連する章句
-
『呻吟語』内篇・修身・言を聽きて爽たがはず言を聽きて爽たがはざるは、聖人に非ざれば能はず。根づくるに成る有るの心を以てし、蜚ばすに近似の語を以てし、之に加ふるに嫌ひを避けざるの事を以てす。倉卒及ぶ無きの際に當たり、隔閡辯じ難きの恨みを懷けば、父子も以て相賊なふ可く、死亡も以て顧みざる可し。古今國家の敗亡、此れ強半を居る。聖人は無言に忘れ、智者は先覺を以て照らし、賢者は未だ著はれざるに熄め、剛者は其の口語を絕ち、忍者は行はざるに斷ず。此の五者に非ざれば、良術無し。
-
『宋名臣言行録』前集巻八・狄青京師の火禁、甚だ嚴なり。夜分に將ならば即ち燭を滅す。故に士庶の家、凡そ醮祭有る者は、必ず先ず廂吏に闗す。其の楮幣を焚くこと中夕の後に在るを以ての故なり。至和・嘉祐の間、公、樞使と爲る。一夕、夜醮して勾當人、偶ま告報を失う。中夕、驟かに火光有り。探吏馳せて廂主に白す。又た開封の知府の宅に到るを報ず。則ち火滅して久し。翊日、都下に盛んに傳う、狄相公の家に光怪の天を燭らす者有りと。時に劉敞、知制誥と爲る。之を聞き、權知開封王素に語りて曰く、昔、朱全忠、午溝に居る。夜、光怪、屋を出づ。隣里、失火と謂いて徃きて救えば則ち之れ無し。今日の異、之に類する無きを得んやと。此の語、搢紳の間に諠し。狄、自ら安んぜず。遽かに陳州を乞う。遂に鎮に薨ず。夜醮の事、竟に人の爲に之を辨ずる者無し。
-
『甲陽軍鑑』品第十三ある時両人談合して己々が所領を沢山にとらんと思ひ、扇谷殿へ申けるは、御台所入り是なくして事不弁にましますに、家老衆は江戸河越の国中に徘徊の儀、末の御代にはあの衆の子共扇谷御子孫へ敵対申、御子孫は公方のごとく成給ひ家老衆は両上杉殿御仕合に少シもたがひ申まじ、御分別有べき由申上る処に扇谷殿武州江戸太田道灌を召寄殺し給ふ、是を聞て残る上田·見田·荻谷を始め道灌が一類城主共のことは申に及ばず少しも身を持たる衆大形身がまへクチ〳〵をいたし居、
-
論語・顔淵篇子張、明を問う。子曰く、「浸潤の譖、膚受の愬、行われざれば、明と謂う可きのみ。浸潤の譖、膚受の愬、行われざれば、遠しと謂う可きのみ。」
-
説苑・雜言祁射子、秦の惠王に見え、惠王之を說ぶ。是に於いて唐姑之を讒し、復た見ゆるに、惠王怒りを懷きて以て之を待つ。其の說く所異なるに非ざるなり、聽く所の易わればなり。故に徵を以て羽と為すは、絃の罪に非ざるなり。甘きを以て苦しと為すは、味を限るの過ちなり。
-
論語・憲問篇公伯寮、子路を季孫に愬う。子服景伯以て告げて曰く、「夫子固より公伯寮に惑志有り。吾が力猶お能く諸を市朝に肆さん。」子曰く、「道の将に行われんとするや、命なり。道の将に廃れんとするや、命なり。公伯寮其れ命を如何せん。」