酔古堂剣掃 / 集醒・天下に諛を好まざるの人無し
天下無不好諛之人,故諂之術不窮;世間盡是善毀之輩,故讒之路難塞。
新字:天下無不好諛之人,故諂之術不窮;世間尽是善毀之輩,故讒之路難塞。
書き下し
天下に諛を好まざるの人無し、故に諂ふの術窮まらず。世間は盡く是れ毀るを善くするの輩、故に讒の路塞ぎ難し。
現代語訳
天下にへつらいを好まない人はいません。だからおもねる術は尽きることがありません。世間は人をけなすのが得意な者ばかりです。だから讒言の道はふさぐのが難しいのです。
解説
へつらいと讒言がなくならない理由を、人間の性質から説き明かした対句です。諛はへつらい、諂はおもねること、毀はそしること、讒は人を陥れるための告げ口です。人は誰でも褒められると嬉しいので、へつらう人の技はいくらでも磨かれていきます。そして人は他人をけなすことが好きなので、告げ口や中傷の道はいつも開かれています。つまり、へつらいも讒言も、受け取る側の心があるから成り立っているのです。上に立つ人ほど、耳に心地よい言葉と、人を悪く言う言葉が集まってきます。それに乗らないためには、まず自分の中にある褒められたい心、人の悪口を聞きたい心を自覚することが大切でしょう。
この章句が説くこと
諂諛讒言慎言処世人情
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