酔古堂剣掃 / 集醒・寸陰を惜しむ者
惜寸陰者,乃有凌鑠千古之志;憐微才者,乃有馳驅豪傑之心。
新字:惜寸陰者,乃有凌鑠千古之志;憐微才者,乃有馳駆豪傑之心。
書き下し
寸陰を惜しむ者は、乃ち千古を凌鑠するの志有り。微才を憐れむ者は、乃ち豪傑を馳驅するの心有り。
現代語訳
わずかな時間も惜しむ人にこそ、千古の昔の人々をしのぐほどの志があります。わずかな才能でも大切にする人にこそ、豪傑たちを思うままに使いこなす心があります。
解説
小さなものを大切にする心が、大きな志や器量につながると説く対句です。寸陰を惜しむとは、ほんのわずかな時間も無駄にしないことで、晋の陶侃が、禹は聖人でありながら寸陰を惜しんだ、凡人は分陰を惜しむべしと言った話が知られています。凌鑠は他をしのいで上に出ることです。微才を憐れむとは、小さな才能の持ち主も見捨てずに大切にすることです。そういう人でこそ、豪傑たちを思うままに動かす心、つまり人を用いる器量を持っています。大きな志は小さな時間の積み重ねから、大きな組織は一人ひとりの小さな力を生かすところから生まれるのでしょう。身近な時間と人を粗末にしていないか振り返りたいものです。
この章句が説くこと
立志惜陰用人統率学問
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