酔古堂剣掃 / 集醒・鬧場に能く篤く學ぶ
貧士肯濟人,才是性天中惠澤;鬧場能篤學,方為心地上工夫。
新字:貧士肯済人,才是性天中恵沢;鬧場能篤学,方為心地上工夫。
書き下し
貧士の肯へて人を濟ふは、才かに是れ性天中の惠澤なり。鬧場に能く篤く學ぶは、方に心地上の工夫と為す。
現代語訳
貧しい人が進んで人を救うことこそ、生まれつきの本性から出た本当の恵みです。騒がしい場所でも熱心に学べることこそ、心の上での本当の修養です。
解説
条件が整っていないところでこそ、本物の徳と修養が現れると説く対句です。豊かな人が人を助けるのは余裕があるからですが、貧しい人が人を助けるのは、自分も苦しい中での行いです。だからこそ、それは性天、つまり天から授かった本性から出た恵みだと言えます。同様に、静かな環境で学ぶのはたやすいですが、鬧場、騒がしい場所で集中して学ぶのは、心の鍛錬ができている証拠です。心地上の工夫とは、心の上での修養の努力のことです。余裕ができたら人を助けよう、環境が整ったら勉強しよう、と先延ばしにしがちですが、今の条件の中でできることをするところに、本当の力が宿るのでしょう。
この章句が説くこと
学問仁愛修身清貧工夫
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