酔古堂剣掃 / 集法・石去りて草復た生ず
能輕富貴,不能輕一輕富貴之心,能重名義,又復重一重名義之念,是事境之塵氛未掃,而心境之芥蒂未忘。此處拔除不凈,恐石去而草復生矣。
新字:能軽富貴,不能軽一軽富貴之心,能重名義,又復重一重名義之念,是事境之塵氛未掃,而心境之芥蒂未忘。此処抜除不浄,恐石去而草復生矣。
書き下し
能く富貴を輕んずるも、一の富貴を輕んずるの心を輕んずること能はず。能く名義を重んずるも、又た復た一の名義を重んずるの念を重んず。是れ事境の塵氛未だ掃はれずして、心境の芥蒂未だ忘れざるなり。此の處拔除淨からずんば、恐らくは石去りて草復た生ぜん。
現代語訳
富や地位を軽んじることはできても、富や地位を軽んじているという自負の心までは軽んじることができません。名誉や道義を重んじることはできても、さらに名誉や道義を重んじているという思いまで重んじてしまいます。これは、事柄の上での塵はまだ払われておらず、心の中のわだかまりもまだ忘れられていないということです。ここを根こそぎきれいに取り除かなければ、おそらく石をどけてもまた草が生えてくるでしょう。
解説
欲を捨てたという自負こそが、最後に残る執着だと鋭く指摘した一則で、菜根譚にもほぼ同じ句があります。富貴を軽んじる人は立派ですが、自分は富貴にとらわれない人間だという誇りを持った瞬間、それが新たな執着になります。名義を重んじる人も、それを重んじている自分に酔えば、同じことです。塵氛は俗世の塵、芥蒂は胸のわだかまりです。石去りて草復た生ずは、上から押さえつけていた石をどけると、また雑草が生えてくるように、根を抜かなければ執着は何度でもよみがえるというたとえです。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
執着修身内省名利無我
関連する章句
-
尚書・無逸小人汝を怨み汝を詈らば、則ち皇に自ら德を敬しめ。
-
葉隠・聞書第一浪人の身にて、上を怨み候事〔あり〕。何某(なにがし)浪人、内実(ないじつ)に非を知りて崩す。前方(ぜんぽう)仰付(おおせつけ)御断(おことわ)り、二度目に御請誓詞(おうけせいし)の事。同筋(どうすじ)にて浪人の事。斯様(かよう)の我が非を存ぜざる間(あいだ)は、帰参有るまじき事。今にも御情(おなさけ)無きの、誰がにくい者などと計(ばか)り、胸をこがし候て、なお天道(てんとう)の悪(にく)みを受くるなり。何某の評判に、御罰(おばち)よと申されたるとなり。人がのがれぬなり。罪一人に有りと思い返され候え。
-
言志四録・言志後録 第八条 往時の経歴を追思す人は当に往時経歴の事迹を追思すべし。某年為す所、孰れか是れ当否、孰れか是れ生熟。某年謀る所、孰れか是れ穏妥、孰れか是れ過差。此を以て将来の鑑戒と為して可なり。然らずんば、徒爾に汲汲営営として、前途を算へ、来日を計るも、亦何の益か之れ有らん。又尤も当に幼穉の時の事を憶ひ起こすべし。父母鞠育乳哺の恩、顧復懐抱の労、撫摩憫恤の厚き、訓戒督責の切なる、凡そ其の艱苦して我を長養せし所以の者、悉く以て之を追思せざる無くんば、則ち今の自ら吾が身を愛して、肯へて自ら軽んぜざる所以の者も、亦宜しく至らざる所無かるべし。
-
『酔古堂剣掃』集法・靜坐して然る後に氣の浮けるを知る靜坐して然る後に平日の氣の浮けるを知り、默を守りて然る後に平日の言の躁がしきを知り、事を省きて然る後に平日の閑を貴ぶを知り、戶を閉ぢて然る後に平日の交はりの濫りなるを知り、欲を寡なくして然る後に平日の病ひの多きを知り、情に近づきて然る後に平日の念の刻なるを知る。
-
『酔古堂剣掃』集法・行ひ垢づきて湔はず衣垢づきて湔はず、器缺けて補はざれば、人に對して猶ほ慚色有り。行ひ垢づきて湔はず、德缺けて補はざれば、天に對して豈に愧心無からんや。
-
易経・觀卦周易 第二十卦。坤下巽上。易経。観は、盥いて荐めず、孚有りて顒若たり。初六、童観す、小人は咎无し、君子は吝。六二、窺い観る、女の貞に利ろし。六三、我が生を観て、進退す。六四、国の光を観る、用て王に賓たるに利ろし。九五、我が生を観る、君子なれば咎无し。上九、其の生を観る、君子なれば咎无し。彖に曰く、