菜根譚 / 後集
理寂則事寂。遺事執理者,以去影留形。心空則境空去。境在心者,如聚羶却蚋。
書き下し
理寂なれば則ち事寂なり。事を遺れて理を執る者は、影を去りて形を留むるを以てす。心空なれば則ち境空にして去る。境の心に在る者は、羶を聚めて蚋を却くるが如し。
現代語訳
理が静かであれば、事も静かである。事を捨てて理だけを握る者は、影を除いて形を留めるようなものだ。心が空であれば、境も空になって去る。境が心にある者は、生臭いものを集めて虫を追い払うようなものだ。
解説
何か問題が起きた時、私たちはつい目に見える現象だけを解決しようとしがちです。しかし、根本的な原因が残っている限り、一時的な対処では同じことの繰り返しになってしまいます。例えば、影を消したいなら、影の原因である形そのものを取り除く必要があります。また、虫を追い払いたいなら、虫が寄ってくる生臭いものを片付けるのが先決です。表面的な結果だけを操作しようとするのではなく、その奥にある本質的な原因を見極め、そこから変えていく視点を持つことが、真の解決へと繋がります。
この章句が説くこと
遺事執理者以去影留形境在心者如聚羶却蚋
関連する章句
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『酔古堂剣掃』集醒・世を逃れて名を逃れず心を了すれば自ら事を了す、猶ほ根拔けて草生ぜざるがごとし。世を逃れて名を逃れざるは、羶存して蚋還た集まるに似たり。
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