酔古堂剣掃 / 集醒・傷心の杯羹は亡國の禍を召く
恩不論多寡,當厄的壺漿,得死力之酬;怨不在淺深,傷心的杯羹,召亡國之禍。
新字:恩不論多寡,当厄的壺漿,得死力之酬;怨不在浅深,傷心的杯羹,召亡国之禍。
書き下し
恩は多寡を論ぜず、厄に當るの壺漿は、死力の酬を得。怨は淺深に在らず、心を傷つくるの杯羹は、亡國の禍を召く。
現代語訳
恩は多い少ないで決まるものではありません。困っているときに与えた一壺の飲み物が、命がけの働きという報いをもたらします。恨みは浅い深いで決まるものではありません。心を傷つけた一杯の吸い物が、国を滅ぼす災いを招きます。
解説
恩と恨みはその量ではなく、相手の心にどう届いたかで決まると説く対句です。背景には『戦国策』に見える中山の君の故事があります。中山の君は宴で羊の羹を司馬子期に分け与えなかったため、子期は恨んで楚に走り、楚を動かして中山を攻めさせました。一方、かつて飢えた人に壺の食べ物を与えていたため、その子らが命がけで君を守りました。君は、一杯の羹で国を失い、一壺の食べ物で二人の士を得たと嘆いたといいます。困っているときの小さな親切は深く心に残り、人前での小さな侮辱も深く心に刺さります。何気ない一言や配慮の欠如が、思わぬ結果を生むことを心に留めておきたいものです。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
恩讐人情処世配慮交友
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