酔古堂剣掃 / 集醒・焦頭爛額の時
結纓整冠之態,勿以施之焦頭爛額之時;繩趨尺步之規,勿以用之救死扶傷之日。
新字:結纓整冠之態,勿以施之焦頭爛額之時;縄趨尺歩之規,勿以用之救死扶傷之日。
書き下し
纓を結び冠を整ふるの態は、之を焦頭爛額の時に施すこと勿かれ。繩趨尺步の規は、之を死を救ひ傷を扶くるの日に用ふること勿かれ。
現代語訳
冠のひもを結び直して冠を整えるような身だしなみは、頭を焦がし額をただれさせて火を消しているような時に持ち出してはいけません。墨縄に従って歩き、尺で測って進むような決まりごとは、死にかけた人を救い、けが人を助ける日に用いてはいけません。
解説
非常のときには平時の作法にこだわるな、と説く対句です。纓を結び冠を整えるとは、子路が衛の内乱で斬られたとき、君子は死んでも冠を脱がないと言って纓を結び直して死んだ故事を思わせます。焦頭爛額は、火事で頭を焦がし額をただれさせて消火にあたることで、『漢書』霍光伝の曲突徙薪の話に出る言葉です。縄趨尺歩は、墨縄や物差しで測ったように規則どおりに歩くことです。礼儀や規則はふだんは大切ですが、緊急時にそれを優先すると、救えるものも救えません。災害や事故、トラブル対応のときに手続きや形式ばかり気にしていないか、場面に応じて何を優先すべきかを見極める判断力が求められます。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
臨機処世判断危機礼節
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