孫子 / 用間篇
必索敵人之間來間我者,因而利之,導而舍之,故反間可得而用也;
新字:必索敵人之間来間我者,因而利之,導而舎之,故反間可得而用也;
書き下し
必ず敵人の間の来たりて我を間する者を索め、因りて之を利し、導きて之を舍く。故に反間得て用う可きなり。
現代語訳
必ず、敵がこちらを探るために送り込んできた間諜を探し出し、そのうえで利を与え、導いて泳がせておく。だからこそ反間として使うことができる。
解説
反間の作り方が三段階で示されている。探し出す、利を与える、泳がせる。捕らえて処罰するのではない。見つけた後に、あえて放しておくことで使えるようになる。因而利之という一句が要点だ。相手に利を与える。脅すのではなく、こちらにいるほうが得だという状態を作る。虚実篇の「能使敵自至者,利之也」と同じ考え方である。人を動かすのは、力ではなく利害だという一貫した見方が、ここでも使われている。組織の中で、敵対的に見える相手への対処としても読める。排除するのは簡単だが、排除すれば情報も一緒に失う。相手にとってこちらと関わるほうが得になる形を作れば、関係は続き、見えるものも増える。導而舍之、導いて放しておくという距離の取り方が独特である。
この章句が説くこと
反間利泳がせる排除距離
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孫子・用間篇是に因りて之を知る、故に郷間・内間得て使う可きなり。是に因りて之を知る、故に死間は誑事を為して、敵に告げしむ可し。是に因りて之を知る、故に生間は期の如くならしむ可し。
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『十善法語』巻第七・不兩舌戒又世ノ変事ノ変ニテ国ノ乱レタルトキ。撥乱ノ主。智謀ノ士ガ軍中ノ計略ニ。或ハ離間シ。或ハ反間ヲ行フ。是モ違犯テハナイ。斉ノ田単カ恵王ニ楽毅ヲ疑ハセテ。燕ノ兵ヲ退ケ。漢高祖ノ陳平カ謀ヲ用ヒテ。項羽ニ范增ヲ疑ハセテ。楚ヲ破タ類シヤ。若他ノ反間ニ堕ルモ。此戒全カラヌ罪ヲ知ルベキシヤ。治世ニハ。禄利名称ヲ貪ル者ガ。其近キ処ニ託シテ。讒ヲ構ヘ偽ヲ売ル。乱世ニハ。智謀ノ士ガ種種ニ計略シテ反間ヲナス。仁君モ時ニ臨テハ罪ナキヲ遠サク。明主モ事ニ触テハ忠臣ヲ疑フ。無シト云レヌシヤ。若誤テ忠臣ヲ疑ヘハ。强国モ直ニ弱国トナル。誤テ奸臣ニ信任スレハ。治国モ亡国トナル。奸臣モ時ニヨリテハ或ハ忠直ニ似ル。反間ノ言カ或ハ親好ニマカフ。唯十善護持ノ大人ノミ有テ。神祇守護シ。輔佐誠ヲ尽シテ事フル故ニ。他ノ反間ニオチヌ。又奸臣ニ欺カレヌシヤ。
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戦国策・蘇秦自齊使人謂燕昭王蘇秦、斉自り人をして燕の昭王に謂わしめて曰く、「臣聞く、斉・趙を離せば、斉・趙已に孤なり、と。王何ぞ兵を出だして以て斉を攻めざる。臣請う王の為に之を弱めん」と。燕乃ち斉を伐ちて晋を攻む。人をして閔王に謂わしめて曰く、「燕の斉を攻むるや、以て古地を復振せんと欲すればなり。燕兵晋に在りて進まざれば、則ち是れ兵弱くして計疑わしきなり。王何ぞ蘇子をして将として燕に応ぜしめざる。夫れ蘇子の賢を以て、将として弱燕に応ぜば、燕破るること必せり。燕破るれば則ち趙敢えて聴かざること無く、是れ王燕を破りて趙を服するなり」と。閔王曰く、「善し」と。乃ち蘇子に謂いて曰く、「燕兵晋に在り、今寡人兵を発して之に応ぜんとす。願わくは子寡人が為に之が将と為れ」と。対えて曰く、「臣の兵に於けるや、何ぞ以て之に当たるに足らん、王其れ改めて挙げよ。王臣を使わば、是れ王の兵を敗りて臣を以て燕に遺るなり。戦いて勝たずんば、振うべからず」と。王曰く、「行け、寡人子を知れり」と。蘇子遂に将となり、燕人と晋下に戦い、斉軍敗る。燕甲首二万人を得たり。蘇子其の余兵を収め、以て陽城を守り、閔王に報じて曰く、「王過ちて挙げ、臣をして燕に応ぜしめたり。今軍敗れて二万人を亡えり、臣斧質の罪有り、請う自ら吏に帰して以て戮せられん」と。閔王曰く、「此れ寡人の過ちなり、子以て罪と為すこと無かれ」と。明日又燕をして陽城及び狸を攻めしむ。又人をして閔王に謂わしめて曰く、「日者斉晋下に勝たざりしは、此れ兵の過ちに非ず、斉不幸にして燕天幸有ればなり。今燕又陽城及び狸を攻む、是れ天幸を以て自ら功と為すなり。王復た蘇子をして之に応ぜしめば、蘇子先に王の兵を敗りたれば、其の後必ず務めて勝を以て王に報いん」と。王曰く、「善し」と。乃ち復た蘇子を使う。蘇子固辞するも、王聴かず。遂に将として燕と陽城に戦う。燕人大いに勝ち、首三万を得たり。斉君臣親しまず、百姓心を離る。燕因りて楽毅をして大いに兵を起こして斉を伐たしめ、之を破る。