孫子 / 用間篇
反間者,因其敵間而用之;
書き下し
反間とは、其の敵間に因りて之を用うるなり。
現代語訳
反間とは、敵が送り込んできた間諜を利用することである。
解説
五つの間の第三である。敵の間諜を、こちらの情報源として使う。孫子は後段で、五つのうち反間が最も重要だと述べる。理由は明快で、反間から得た情報によって、他の四つの間が初めて機能するからだ。誰を郷間にできるか、誰が内間になりうるかは、敵の内情を知らなければ選べない。ここには、情報源の階層構造がある。まず敵の内側に通じた経路を一つ確保し、そこを起点に他の経路を組み立てる。ゼロから五つを並行して作るのではない。事業でも、業界に深く通じた一人を得られるかどうかで、その後に集められる情報の質が変わる。最初の一人が起点になる。反間が使えるのは、こちらに来た敵の間諜を見抜き、しかも待遇できる場合に限られる。攻撃してきた相手を利用するという発想は、敵意への対処としても示唆的である。
この章句が説くこと
内間反間起点内部情報源スパイ
関連する章句
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孫子・用間篇故に間を用うるに五有り。郷間有り、内間有り、反間有り、死間有り、生間有り。
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史記 陳丞相世家今大王は慢にして礼少なし、士の廉節なる者来たらず。然れども大王能く人に饒かにするに爵邑を以てす、士の頑鈍にして利を嗜み恥無き者も亦た多く漢に帰す。誠に各々其の両短を去り、其の両長を襲はば、天下指麾すれば則ち定まらん。然れども大王恣に人を侮る、廉節の士を得る能はず。顧ふに楚に乱すべき者有り、彼の項王の骨鯁の臣亜父・鍾離眛・龍且・周殷の属、数人に過ぎざるのみ。大王誠に能く数万斤の金を出捐し、反間を行ひ、其の君臣を間し、以て其の心を疑はしめば、項王の人と為り意忌にして讒を信ず、必ず内に相誅せん。漢因りて兵を挙げて之を攻めば、楚を破ること必せり」と。漢王以て然りと為し、乃ち黄金四万斤を出だして、陳平に与へ、為す所を恣にせしめ、其の出入を問はず。陳平既に多く金を以て反間を楚軍に縦ち、宣言すらく諸将鍾離眛等項王の将と為り、功多し、然り而して終に地を裂きて王たるを得ず、漢と一と為り、以て項氏を滅ぼして其の地を分かちて王たらんと欲すと。項羽果たして意に鍾離眛等を信ぜず。項王既に之を疑ひ、使をして漢に至らしむ。漢王太牢の具を為り、挙げて進む。楚の使を見るや、即ち詳り驚きて曰く、「吾以為へらく亜父の使ならんと、乃ち項王の使なり」と。復た持ち去り、更に悪草の具を以て楚の使に進む。楚の使帰り、具に以て項王に報ず。項王果たして大いに亜父を疑ふ。亜父急に滎陽城を攻め下さんと欲す、項王信ぜず、肯へて聴かず。亜父項王の之を疑ふを聞き、乃ち怒りて曰く、「天下の事大いに定まれり、君王自ら之を為せ。願はくは骸骨を請ひて帰らん」と。帰りて未だ彭城に至らずして、疽背に発して死す。陳平乃ち夜女子二千人を滎陽城の東門より出だす、楚因りて之を撃つ、陳平乃ち漢王と城の西門より夜出でて去る。遂に関に入り、散兵を収めて復た東す。其の明年、淮陰侯斉を破り、自ら立ちて斉王と為り、使をして之を漢王に言はしむ。
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『十善法語』巻第七・不兩舌戒又世ノ変事ノ変ニテ国ノ乱レタルトキ。撥乱ノ主。智謀ノ士ガ軍中ノ計略ニ。或ハ離間シ。或ハ反間ヲ行フ。是モ違犯テハナイ。斉ノ田単カ恵王ニ楽毅ヲ疑ハセテ。燕ノ兵ヲ退ケ。漢高祖ノ陳平カ謀ヲ用ヒテ。項羽ニ范增ヲ疑ハセテ。楚ヲ破タ類シヤ。若他ノ反間ニ堕ルモ。此戒全カラヌ罪ヲ知ルベキシヤ。治世ニハ。禄利名称ヲ貪ル者ガ。其近キ処ニ託シテ。讒ヲ構ヘ偽ヲ売ル。乱世ニハ。智謀ノ士ガ種種ニ計略シテ反間ヲナス。仁君モ時ニ臨テハ罪ナキヲ遠サク。明主モ事ニ触テハ忠臣ヲ疑フ。無シト云レヌシヤ。若誤テ忠臣ヲ疑ヘハ。强国モ直ニ弱国トナル。誤テ奸臣ニ信任スレハ。治国モ亡国トナル。奸臣モ時ニヨリテハ或ハ忠直ニ似ル。反間ノ言カ或ハ親好ニマカフ。唯十善護持ノ大人ノミ有テ。神祇守護シ。輔佐誠ヲ尽シテ事フル故ニ。他ノ反間ニオチヌ。又奸臣ニ欺カレヌシヤ。
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孫子・用間篇必ず敵人の間の来たりて我を間する者を索め、因りて之を利し、導きて之を舍く。故に反間得て用う可きなり。
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孫子・用間篇是に因りて之を知る、故に郷間・内間得て使う可きなり。是に因りて之を知る、故に死間は誑事を為して、敵に告げしむ可し。是に因りて之を知る、故に生間は期の如くならしむ可し。
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孫子・用間篇郷間とは、其の郷人に因りて之を用うるなり。内間とは、其の官人に因りて之を用うるなり。
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